自殺関連報道に対してコーチングができること

苫米地式コーチング認定コーチの萩原崇です。

痛ましいことに、令和3年版自殺対策白書によると日本の自殺死亡率は日本16.1%で、米国14.7%、フランス13.1%、ドイツ11.6%、カナダ11.3%、イギリス7.3%、イタリア6.5%と他の先進国と比べて高い水準となっています。

自殺者数の推移でもこの50年間、半世紀に渡って年間2万人以上で推移しています。

なぜこんなことが起こっているのでしょうか。

WHOの『自殺報道ガイドライン』

WHO(世界保健機関)は「Preventing suicide: a resource for media professionals, update 2017」として2017年にガイドラインを公表しています。

日本では「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識 2017年最新版」としていのち支える自殺対策推進センターが訳されています。一般的には『自殺報道ガイドライン』と呼ばれています。

責任ある報道のための指針

どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること

ガイドラインの中で、メディア報道に求めているのは、自殺報道の最後に、支援に関する情報を提供することです。具体的な情報は、自殺予防センター、緊急電話相談サービス(いのちの電話)、それ以外の健康福祉の専門家、自助グループなどの連絡先です。

支援に関する情報には、可能ならば良質かつ24時間365日利用可能なサービスの連絡先が含まれていると良いとされています。

こうした情報は、生活に困っている人や報道に接した結果としてすぐに自殺することを考えてしまうような人が確実にアクセスできるようにする必要があります。連絡先情報の宛先が正しいものであることを確認するために、定期的にチェックを行うことも必要です。

しかし、提供される連絡先が多すぎると効果がないこともあるため、数を限って(電話番号1つ、ウェブサイト1つ等)提供することも考えられるべきです。

有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること

また、ガイドラインでは有名人の自殺報道に関しては特に注意喚起をしています。

有名人の自殺は十分に報道する価値があるとみなされ、それらを報道することは人々のためになると考えられることも多いです。しかし一方でこうした報道は、自殺リスクの高い人に模倣自殺を誘発させる可能性を特に高めてしまうこともあります。

有名人の死を美化することで、気付かないうちに社会全体が自殺関連行動を称賛し、その結果、別の人の自殺関連行動を促進させてしまう可能性を示しています。

そういった理由から、有名人の自殺報道の際には特別な配慮がなされなくてはなりません。

こうしたメディア報道では、自殺を魅惑的なものとして伝えたり、自殺手段を詳細に説明したりすることは避けるべきです。自殺関連行動を詳細に報道することや、極端に単純化した自殺の理由を伝えるよりも、その有名人の人生や、その人が社会にどの程度貢献したか、その死が人にどの程度影響を及ぼすかに着目する方が、はるかに望ましいです。

さらに、有名人の死をメディア報道する上で自殺の原因がすぐにはわからない場合は注意が必要です。有名人の死として考えられる原因を、メディアが不確かな情報に基づいて推測することで悪影響を及ぼす可能性があるためです。死の原因が知られるようになるまで待つこと、また具体的な状況を慎重に調査することがより適切であるとされます。

先の通り、苦しい生活を送る人や自殺の兆候を見せている(またはそういった状況になるかもしれない)人のために、報道の内容には支援的な情報へのアクセスが必ず含まれるべきである。

クイック・リファレンス・ガイド

端的に6項目のやるべきこと、6項目のやってはいけないこととして指針が示されています。

やるべきこと
  • どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること
  • 自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと
  • 日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道をすること
  • 有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
  • 自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること
  • メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること
やってはいけないこと
  • 自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと
  • 自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと、自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと
  • 自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
  • 自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと
  • センセーショナルな見出しを使わないこと
  • 写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと

ガイドラインのまとめ

メディアでのセンセーショナルな自殺報道が、その後のさらなる自殺関連行動(自殺と自殺未遂)につながり得るという論点に対しては統計的な検証がすでに行われています。

メディア報道後の短期間に起きるような自殺の増加は、不適切なメディア報道が無かったら起きなかったと考えられる自殺であると分析されています。

メディア関係者は、人々の「知る権利」と害を及ぼすリスクとのバランスを考えながら、自殺報道を行う際には殊更に注意を払わなくてはなりません。

ウェルテル効果とは

有名人の自殺や、またはその自殺に関連した報道が自殺の連鎖を呼ぶケースがあります。後追い自殺や模倣自殺が起きることを「ウェルテル効果」と呼ばれています。

ウェルテル効果のウェルテルとは、1800年頃に活躍したドイツの文豪ゲーテ(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)が25歳の時に出版した「若きウェルテルの悩み」という小説に由来します。

「若きウェルテルの悩み」は青年ウェルテルが婚約者のいるシャルロッテに恋をし、かなわぬ思いに絶望して自殺するまでを描いた小説です。1774年の出版当時、ヨーロッパでベストセラーになり、主人公ウェルテルをまねて自殺者が急増するほどの社会現象を巻き起こしました。

日本のメディア報道

WHOのガイドラインにあるように、著名人の自殺に関する報道は子どもや若者、自殺念慮を抱えている人に強い影響を与え、「後追い自殺」を誘発しかねません。

しかしながら日本のメディア報道の現実は、厚生労働省からメディア関係者へ、WHO『自殺報道ガイドライン』を踏まえた報道に徹するよう、再三お願いをしているような状況です。

もちろん全てのメディアではないですが、一部のメディアにおいてガイドラインに反する以下のような報道・放送が行われており、自殺リスクを高めかねないと危惧されています。

  • 自殺の「手段」を報じる
  • 自殺で亡くなった方の自宅前等から中継を行う
  • 自殺で亡くなった場所(自宅)の写真や動画を掲載する
  • 街頭インタビューで、市民のリアクションを伝える

吉備国際大学の藤原幸子氏の研究報告によると、2020年から2021年にかけてYahoo!ニュースの自殺報道を分析したところ、212件のうち、「手段の記載」が35件(16.5%)、「現場・場所の記載」が69件(32.5%)あり、逆に「支援情報の記載」は28件(13.2%)しかなかったそうです。

メディアの影響力

メディア報道の影響力は、いのち支える自殺対策推進センターの分析により明らかにされています。

2020年は、11年ぶりに自殺者数が前年比で増加しました。警察庁のとりまとめる日次データで分析すると、7月19日と9月28日から10日間程度、自殺者数が急増していることが明らかとなっており、有名人の自殺と自殺報道の影響が深く関わっているとみられています。


2020年は初頭より新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が始まりました。
その影響で様々な悩みや生活上の問題を抱え、あるいは元々自殺念慮を抱えていて、表面張力のようにして「どうにか生きることに留まっている人たち」に対して、有名人の自殺および自殺報道がそれを決壊させる最後の一滴になってしまったのではないか、相次ぐ自殺報道が多くの人を自殺の方向に後押ししてしまったのではないか、と推測されています。

2020年の芸能人の自殺報道(2件)の影響について、以下のことが分析で明らかになりました。

  • 自殺日を含めた10日間で、約200人が女性俳優の自殺・自殺報道の影響を受けて亡くなった可能性がある
  • 自殺者数を曜日別にみると、月曜日はとりわけ自殺リスクが高い
  • 自殺者数は報道量だけでなく、その後SNSでどれだけ拡散したか等が複合的に影響している

メディアができること

適切にメディア報道が行われることによって自殺死亡率および自殺未遂率の減少につながり得ることも報告されています。

Elmar Etzersdorfer博士らの研究では、オーストリアの首都ウィーンの地下鉄における自殺報道をメディアガイドラインに沿って行ってきたところ、地下鉄の自殺死亡率が75%低下し、ウィーン全体の自殺死亡率も20%低下したと報告されています。

ウィーンでは1976年の地下鉄開通以来自殺が続いていて、当時メディア報道がセンセーショナルに報道して以来さらに急増していました。
そこでオーストリア自殺予防学会がガイドラインを制定し、マスメディアに対して報道の悪影響の可能性を伝えていったところ、ジャーナリストたちも自殺報道は控えめになり、自殺件数も減っていきました。

とりわけ自殺死亡率の低下につながったのはメディアとの協力関係が強い地域だったそうで、メディアガイドラインの有効性はそれらがいかにうまく実行されているかにかかっているようです。

コーチングができること

2020年のコロナ禍でクライシスサイコロジー(危機心理学)の知識が必要になり、コーチはクライシスサイコロジストとしても活躍していました。

クライシスサイコロジーで必要なことは、感情に左右されずに正しい知識・事実(ファクト)を集めて自ら考えていく作業です。

こうしたメディア報道に対しても、SNSではひとりひとりがジャーナリストですので、『自殺報道ガイドライン』を正しく理解して発信していくことが求められています。


真のコーチングが世界のスタンダードになれば、戦争や飢餓や差別、テロや自殺もない、そういった概念すらない世界が必ず訪れます。

そういったゴールを設定して、ゴールに目の前にして進むのです。

「人間は、本当の真実ではなく自分が真実だと考えていることに基づいて行動している。」

We act and behave not according to the truth, but the truth as we believe it to be.