米国CDCの危機対応の心理学【クライシスサイコロジー2019】

苫米地式コーチング認定コーチの萩原崇です。

アメリカの疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は、アメリカ国内だけでなく疫病などに対して人々の健康と、安全の保護を主導する米国の政府機関です。

保健社会福祉省(US Department of Health and Human Services:HHS)の下部組織で、HHS の下部組織には、CDCの他にアメリカ国立衛生研究所(NIH)、食品医薬品局(FDA)などがあります。

米国CDCは未知のウイルスや感染症などがテーマの映画やドラマにも登場することが多いので、お馴染みかもしれません。

『コンテイジョン』(2011年)
『ウォーキング・デッド』(2010年~)

今回、米国CDCが公開しているクライシスサイコロジーを紹介する背景は、世界的に蔓延している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、日本国内に限定したとしても、強い心理的トラウマを数千万人単位で受けていることにあります。

もちろん、現段階でも外出自粛の要請などで、IQが下がって無意識レベルでの不安を抱える日々を多くの人が送っていると感じています。これは、本人が意識していないケースも多くあり、まさにCDCが指摘する通りの大きな社会的リスクがあります。

危機(crisis)とは

危機(crisis)の語源

危機(crisis)という言葉の語源は、ギリシャ語のカイロスという言葉に由来し、神との出会いや運命の時を意味するものだと言われています。
ギリシャ神話では、クロノスとカイロスが時間の神として登場しますが、刻々と流れる時間の永劫性を支配するクロノス(客観的時間)に対して、今のこの瞬間の時間を司るのがカイロス(主観的時間)とされています。

そのため英語のcrisisは、事態が「良い状態または悪い状態に変わる転換点」という意味もあります。転換点は分岐点なので、その後は良い方向にも悪い方向にも向かう、2つの未来の可能性が提示されている岐路です。

日本語の危機も、「危」は危険、危ない、不安定、険しいなどといった意味であり、「機」は好機、時機、機会などの用い方をし、転換点という意味を含んでいます。

危機(crisis)の定義

Bloom, B.L. (1963)は、「危機とは、ある特別な出来事に続いて必然的に起こる状況、と定義できる。危機は危機を促進する出来事から始まるもので、それに続いて、危機か否かを識別するような反応を生じないこともあるし、1ヶ月かそこらで解決されたように見える反応が現れる場合もある。」と述べています。

Caplan, G. (1964)によれば、ある事態に際して「一時的に自分のいつもの問題解決手段では逃れることも解決することもできない重要な問題を伴った危険な状況に直面する個人の心理的不均衡状態」と定義されます。

Kus (1985)は、「危機というのは、個人が持つ普段有効な問題解決能力が使えない、または、その機能が大きく低下している心理的な非常事態を示すものである。」と述べています。

Pitcher, G.D., & Poland, S. (1992) は、「主に主観的不安によって特徴づけられる反応状態」と述べています。

危機(crisis)の種類

Parad, H. J. (1965)は、危機を発達的危機(Maturational or developmental crises)状況的危機(Situational crises)とに分けて考えています。小島操子(2008)の説明によれば、発達的危機とは、成長発達上避けることのできない危機であって一方、状況的危機とは、人生において偶発的に発生する危機であるとしています。

米国CDCのクライシスサイコロジーで取り扱うのは、後者の状況的危機で、失業、離婚、別離などの社会的危機(Social crisis)や、災害、戦争、疫病などの偶発的危機(Accidental crisis)を含む、予期し得ない出来事によって身体的、心理社会的に安定した状態を脅かすものです。

2002年初出のクライシスサイコロジー入門

これは、米国CDCがCERC(Crisis and Emergency Risk Communication)プログラムのトレーニング用に作成された内容です。いわゆるクライシスサイコロジーのガイドラインです。

CERCプログラムは、心理学やコミュニケーション科学、課題管理に関する研究、緊急時の対応から得られた実践的な教訓に基づいて作成されています。

https://www.orau.gov/cdcynergy/erc/CERC%20Course%20Materials/Instructor%20PPT%20Slides/Psychology%20of%20a%20Crisis.pdf

Module Summary(セクションの概要

• Common negative feelings and behaviors for people during a crisis
危機的状況にある人々に一般的に起こるネガティブな感情や行動
• How communication differs in a crisis
危機時のコミュニケーション方法の違い
• Risk communication principles for emergencies
緊急時におけるリスクコミュニケーションの原則

このセクションでは、①クライシス状況で人々に起こる感情や行動を前もって知る、②認知活動に変化が起こったとき、どのようなコミュニケーションが効果的か、③政府など危機対応側が情報発信するときに心がけるべきこと、の順で述べられています。

Psychology of a Crisis(危機心理学

Common human emotions—(left without mitigating response)—may lead to negative behaviors that hamper recovery or cause more harm.
人間の感情は、反応を緩和しないでいると、回復を妨げたり、より被害を起こすネガティブな行動につながる可能性がある。

ネガティブな行動がどんな行動なのか、それが次の内容です。

Negative Behaviors(ネガティブな行動とは
• Demands for unneeded treatment
 不要な治療の要求

• Reliance on special relationships
特別な人間関係への依存

• Unreasonable trade and travel restrictions
合理的ではない商業取引と渡航の制限

• MUPS—Multiple Unexplained Physical Symptoms
医学的に説明できない身体的症状

具体的な行動のほか、人々が内面でどのような感情を持つのか、それが次の内容です。

What Do People Feel Inside When a Disaster Occurs or Looms?
災害が発生したとき、または迫りくるときに、人々は内面で何を感じるのか
• Denial(否認

• Fear and avoidance(恐怖と回避

• Hopelessness or helplessness(絶望感や無力感

• Vicarious rehearsal(代理リハーサル

• Seldom panic(時折パニック状態になる

「否認」の心理機構は、自分が受け入れられないような状況に直面したときに、それを”無かったこと”のように心の中から排除する働きです。「まさか自分が~のわけがない」という思考になります。
代理リハーサル」は次の内容です。

What Is Vicarious Rehearsal?(代理リハーサルとは?
• The communication age gives national audiences the experience of local crises. These armchair victims mentally rehearse recommended courses of actions.
情報化社会では、国民は離れた地域の災害も疑似体験することができる。このような仮想の被害者(Armchair Victims)は、頭の中で災害時に推奨されている取るべき行動を一通りリハーサルする。

• Recommendations are easier to reject the farther removed the audience is from real threat.
実際の脅威から遠く離れた人々ほど、推奨されている行動を拒否しやすい。
• The worried well can heavily tax response and recovery.
心配している人々は、事態の対応と回復に大きな負担をかける。

ここから、2つ目の内容です。

What’s Different During a Crisis?
危機の時は何が違うのか?

Communicating in a Crisis Is Different
危機のときのコミュニケーション方法の違い

When in “fight or flight” moments of an emergency, more information leads to decreased anxiety.
緊急時で「闘争・逃走反応」が起こるときは、情報が多いほど不安の減少につながる。

Fight or Flight」は動物の恐怖への反応で、差し迫った危機的状況において、「戦う」か「逃げるか」を瞬時に選択するために備わったとされています。交感神経優位になり、通常は発揮できない筋力を発揮したりできますが、緊急時に使用しない内臓への血流が絞られたり判断力が低下します。

このときは、情報を与えて思考するように促すと副交感神経優位になり、結果として不安も減少します。、

Decisionmaking in a Crisis Is Different
危機のときの意思決定方法の違い
• People simplify
人々は単純化して考える

• Cling to current beliefs
現在の信念に執着する

• We remember what we see or previously experience (first messages carry more weight)
以前見たことや経験したことを思い出す。(最初に見たものがより影響を与える

このように人々の認知活動が変わっているので、政府などが情報発信するときはどのようにしたらいいか、それが次の内容です。

So How Do We Initially Communicate in a Crisis?
危機のときは最初にどんなコミュニケーション方法を取るべきか
Simply(単純にわかりやすく

Timely(タイムリーに

Accurately(正確に

Repeatedly(繰り返し

Credibly(確実に

Consistently(一貫して

How Do We Communicate About Risk in an Emergency?
緊急時にはどんなコミュニケーション方法でリスクを伝えるべきか
All risks are not accepted equally
すべてのリスクを平等に受け入れることはできない

• Voluntary vs. involuntary
自発的 対 非自発的

• Controlled personally vs. controlled by others
自分のコントロール下 対 他人のコントロール下

• Familiar vs. exotic
お馴染みのもの 対 珍しいもの

• Natural vs. manmade
自然 対 人工的

• Reversible vs. permanent
可逆的 対 永続的

• Statistical vs. anecdotal
統計的 対 実例的

• Fairly vs. unfairly distributed
均等 対 偏在

• Affecting children vs. affecting adults
子供に影響を与える 対 大人に影響を与える

リスクの大きさについての認識は、国民と専門家とでは異なるため、リスクコミュニケーションの専門家ピーター・サンドマン博士は、{RISK」=「HAZARD」+「OUTRAGE」と定義しました。
「HAZARD」は災害がもたらす実被害(物理的)、{OUTRAGE」は災害に対する恐怖(精神的)です。

Be Careful With Risk Comparisons
リスクの比較は注意深く行う
• Are they similarly accepted based on
以下に基づいてリスクを受け入れているか

– high/low hazard(危険の高低

– high/low outrage(憤慨の高低

• Give examples(いくつかの例を示す
• Cornerstone of risk acceptance(リスク受容の礎

具体的な例として、インフルエンザの流行は、危険は高く、憤慨は低い。疫病を伴うバイオテロ攻撃は、危険は高く、憤慨も高い。

木から落ちたココナッツによる死亡事故は年間150件とされている(世界的な都市伝説)が、サメに襲われて亡くなるのは年間5人程度とされていて、「サメよりもココナッツの落下によって死ぬ可能性のほうが30倍高い。」とよく比較されます。

Risk Acceptance Examples(リスク受容の例
• Dying by falling coconut or dying by shark
木から落ちたココナッツで死ぬか、サメに襲われて死亡するか

– Natural vs. manmade(自然 対 人工的

– Fairly vs. unfairly distributed(均等 対 偏在

– Familiar vs. exotic(お馴染みのもの 対 珍しいもの

– Controlled by self vs. outside control of self(自分のコントロール下 対 他人のコントロール下

ここから3つ目のリスクコミュニケーションの原則です。

Risk Communication Principles for Emergencies
緊急時におけるリスクコミュニケーションの原則

Don’t overreassure
過度に安心させてはいけない

• Considered controversial by some
( 議論されていると考える).

• A high estimate of harm modified downward is much more acceptable to the public than a low estimate of harm modified upward.
( 過小評価した被害が上方修正されるよりも、過大評価された被害が下方修正されるほうが、はるかに受け入れられやすい。

Risk Communication Principles for Emergencies
緊急時におけるリスクコミュニケーションの原則
State continued concern before stating reassuring updates
安心できる最新情報よりも先に、継続的な懸念事項を述べる。

“Although we’re not out of the woods yet, we have seen a declining number of cases each day this week.”
“我々はまだ困難を脱していないが、今週は毎日被害件数は減少している。”

Risk Communication Principles for Emergencies
緊急時におけるリスクコミュニケーションの原則

Confidence vs. uncertainty
自信 対 不確実性
Instead of making promises about outcomes, express the uncertainty of the situation and a confident belief in the “process” to fix the problem and address public safety concerns.
結果を約束するのではなく、状況の不確実性と問題解決の「プロセス」へ自信を説明して、国民の安全に対する不安を払拭する。

Risk Communication Principles for Emergencies
緊急時におけるリスクコミュニケーションの原則
Give people things to do – Anxiety is reduced by action and a restored sense of control
人々にやることを与える。行動することで不安が軽減され、コントロール感が回復します。

• Symbolic behaviors (e.g., going to a candlelight vigil)
象徴的な行動。たとえば、キャンドル・ビジル(日没後に野外で、ろうそくを持参して行われる集会)に行く。

• Preparatory behaviors (e.g., buying water and batteries)
準備行動。たとえば、水や電池を買う。

• Contingent “if, then” behaviors (e.g., creating an emergency family communication plan)
「もしも」に備えた行動。たとえば、家族の緊急連絡網を作る。

• Single most important action for self-protection
自己防衛のための唯一最も重要な行動

• Recommend a 3-part action plan
 3段階の行動計画推奨する

– You must do X(Xをしなければならない。
– You should do Y(Yをするべきである。
– You can do Z(Zもできる。

Risk Communication Principles for Emergencies
緊急時におけるリスクコミュニケーションの原則
Allow people the right to feel fear
人々が恐怖を感じることを認める
• Don’t pretend they’re not afraid, and don’t tell them they shouldn’t be.
恐怖を感じていないように振る舞ったり、恐れてはいけないと伝えてはいけない。
• Acknowledge the fear, and give contextual information.
恐怖を認め、文脈情報を与える。

CERCポケットカード

リスクコミュニケーションセンターのDr.Vincent Cocello(ヴィンセント・コベロ博士)の研究に基づく、信頼と信用を築くための4つの要素が書かれたポケットカードです。

https://www.orau.gov/cdcynergy/erc/content/activeinformation/resources/EmergencyCardA8.pdf

Build Trust and Credibility by Expressing:(以下を表現することで、信頼関係を築く。
+ Empathy and caring
共感と思いやり

+ Competence and expertise
能力と専門性

+ Honesty and openness
正直さと率直さ

+ Commitment and dedication
決意と献身

Top Tips(最高のヒント
+ Don’t over reassure.
過度に安心させてはいけない。

+ Acknowledge uncertainty.
不確実性を認める。

+ Express wishes (“I wish I had answers”).
願望を表現する(「答えがあればいいのに」)。

+ Explain the process in place to find answers.
 答えを見つけるためのプロセスを説明する。

+ Acknowledge people’s fear.
人々の恐れを認める。

+ Give people things to do.
人々にやることを与える。

+ Ask more of people (share risk).
リスクを共有する。

As a Spokesman(広報担当官として
+ Know your organization’s policies.
組織の方針を知る。

+ Stay within the scope of responsibilities.
責任の範囲内にとどまる。

+ Tell the truth. Be transparent.
真実を話すこと。透明性を保つ。

+ Embody your agency’s identity.
あなたの機関のアイデンティティを体現する。

BE FIRST. BE RIGHT. BE CREDIBLE.

早く、正しく、信頼される存在であること。
Prepare to Answer These Questions:
これらの質問に答える準備をしてください。

+ Are my family and I safe?
家族と私は安全か?

+ What can I do to protect myself and my family?
自分と家族を守るために何ができるか?

+ Who is in charge here?
誰がここを担当しているのか?
+ What can we expect?
何が期待できるのか?

+ Why did this happen?
なぜこんな事が起きたのか?

+ Were you forewarned?
警告されていたのか?

+ Why wasn’t this prevented?
なぜ防げなかったのか?

+ What else can go wrong?
他に何がうまくいかないのか?

+ When did you begin working on this?
いつからこれに取り組んでいたのか?

+ What does this information mean?
この情報は何を意味するのか?

Stay on Message(継続的に発信する
+ “What’s important is to remember…”
“…を覚えておくことが重要です”
+ “I can’t answer that question, but I can tell you…”
“その質問には答えられないが、言えるのは…”
+ “Before I forget, I want to tell your viewers…”
“忘れないうちに 視聴者に伝えたいことがある”
+ “Let me put that in perspective…”
( “それを踏まえた上で…”

CONSISTENT MESSAGES ARE VITAL
一貫したメッセージが重要

クライシスサイコロジー(UPDATE 2019)

CERCマニュアルの中でも、クライシスサイコロジーの章が5年ぶりに改定され、「Last updated 2019」となりました。

https://emergency.cdc.gov/cerc/ppt/CERC_Psychology_of_a_Crisis.pdf

そのなかの第1の項目、「Four Ways People Process Information during a Crisis」(危機のときに人々が情報を処理する4つのプロセス)を紹介します。

We simplify messages.(我々はメッセージを単純化する。)

そのため、危機のときのコミュニケーション方法では、Use simple messages.(単純なメッセージを使う)を行います。

We hold on to current beliefs.(我々は現在の信念を保つ。)

危機のときは、我々は信念を変えることは大変困難です。そのため、Messages should come from a credible source.(信頼できる情報源からメッセージが来る)がとても重要です。

We look for additional information and opinions.(我々は追加の情報や意見を探す。)

危機のときは、様々な情報を集めようとしまし。Use consistent messages.(一貫したメッセージを使う。)ことで混乱を避けることができます。

We believe the first message.(我々は一番最初のメッセージを信じる。)

危機に直面したとき、初動は被害を低減させる重要な要素です。情報が足りないと、初動に時間がかかってしまいます。そのため、Release accurate messages as soon as possible.(正確なメッセージをできるだけ早く出す)ことが重要になります。

まとめ

米国CDCが公開しているクライシスサイコロジーについてまとめていきました。原文は以下のサイトにあります。